アンソニー・ホプキンス インタビューで見せた二つの顔
(日常劇場 2001年04月25日分より加筆修正の上再録)



 『キ○マ旬報』のコラムで『Meet The Parents』の内容に言及しつつ「ロバート・デニーロが恋人の父親だったら絶対会いたくない!だってあのデニーロだよ!」というような事が書かれていた。ちなみに筆者曰く、“養父にしたくない俳優リスト”の中にはデニーロの他にアンソニー・ホプキンスも入っているという。理由は当然「頭からバクっと食われちゃいそうだから」

 アンソニー・ホプキンスといえば『羊たちの沈黙』そして『ハンニバル』で演じた“人喰いレクター”ことレクター博士のイメージが強く、確かにもし恋人の父親がこの人だったら会うのを躊躇する、という気持ちは分からなくもない。しかし、私にとっては『日の名残』での寡黙な執事役の印象も強く、彼の素顔は本当はとても穏やかなのでは?とも思っていた。
 はたしてホプキンス来日中、TVのインタビューを2本ばかり見ることになった。一つは『ニュースステーション』内の“最後の晩餐”コーナー。もう一つは『ニュース23』の特集シリーズ“幸福論”内でのもの。
 前者の久米宏相手のインタビューでは終始彼は不機嫌であった。通訳を介して話さなければならない不自由さもあっただろうが、何より久米の言葉はどこか挑発的な響きがあって(相手によってはそれが功を奏するのだが)緊張をほぐそうと飛ばした冗談がかえってカンに障ったらしい。尚かつこのコーナーでの定番の質問は「人生最後の日に何を食べるか」である(※映画のキャンペーン中、彼は方々で食べ物に関する質問を受けまくってウンザリしていた。従って来日時、マスコミの間では“食べ物の質問はNG”という暗黙の了解がなされていたそうだ)
 ここでのホプキンスは(本人にとっては不本意かもしれないが)何だかレクターの延長のようで、背筋が寒くなったものである。
 一方、『23』の筑紫哲也はというと、先ず通訳を介さないで話が出来るという利点に加え、なにしろテーマは“幸福論”である。何だかこれだけで随分高尚な気がしてしまうのだが(それは多分気のせい)少なくともこっちがある程度有利?だったのは間違い無い。その上筑紫自身「ずっとお会いしたかった方の一人」というだけあって、彼はホプキンスに対し終始敬意を払った態度で接したのである。結果、ホプキンスも随分とリラックスした表情で(時には声を立てて笑ったりしながら)和やかにインタビューは進み、何やら観ているこちらまでが幸せな気分になったのであった。最後の握手すら嫌そうだった『Nステ』とはえらい違いだ。
 インタビューの際は、事前にその人の事を調べておくのは当前だと思っていたが、久米にはどうもそうした事前準備が欠けているような印象を受けた。そうした礼儀を欠いた姿勢がホプキンスには許せなかったのだろう。逆に筑紫はある程度の事前情報(実際、彼はかなりホプキンスの出演作を観ていたらしい)を押さえた上で、自身の思い入れも交えて語った。この違いは大きい。
 最低限の礼儀すらわきまえない人間には厳しいが、相手が自分に対し敬意を払って接してくれれば、自分もそれ相応の態度で接する…そうした至極真っ当な「紳士」これがアンソニー・ホプキンスの素顔なのかもしれないと思った。そして、何となく彼の出演作をもう一度見直してみたくなった。


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